人気ブログランキング | 話題のタグを見る

「物語」をテーマに、ジャンルを飛び越えて感じたことを綴ります。
by meghomma
空気人形
空気人形_b0175898_23162667.jpg

先週、目黒シネマでずっと観たかった是枝監督の
『空気人形』をやっと観ることができた。

「私は空気人形。持ってはいけない心を持ってしまいました」
「心を持つことは切ないことでした」

予告編で流れるそんなセリフから、
何かの拍子で自由に動ける肉体と心を手に入れた人形が、
人間に切ない恋をする爽やかなラブストーリーだと思っていた。
いや、たしかにそういうお話ではあったのだけれど、
実際に観てみると、想像とは違う部分が多々あった。

登場するのは心臓を持ち、熱い血が流れているのに、
人形のように空洞を抱えた人間たちばかり。
生身の女性と関わるのが面倒くさくて、
代わりに人形を性欲のはけ口にする男。
若い派遣社員に自分の存在を脅かされていると感じ、
愚痴を言ったり、アンチエイジングにはげんだりする受付嬢。
空っぽな心を満たすために、
とにかく食べ続ける過食症の女性……。

誰もが誰かに必要とされたいと望み、
そう望むがゆえに満たされない心を抱えていた。
そんな登場人物たちを目にして、
「あなたはかけがえのない存在」
「誰かに必要とされて当たり前」
そう言われて育ち、「生きる」という最終目的を忘れた
現代人の弱さを見た気がした。

こんな風に書くとただ暗いだけのお話という印象を与えてしまうけれど、
数日たってストーリーを振り返ると、
不思議と頭に浮かぶのは、主演のペ・ドゥナの美しさや、
弱き人たちの優しさだったりする。
人間を深く描きながらも、絶望で終わらせず、
映画という形で観客に夢を与えられるのは、
是枝マジックのなせる技なのかもしれない。
# by meghomma | 2010-02-12 23:10
フルーツケーキの物語
フルーツケーキの物語_b0175898_23455889.jpg

ふと本棚に視線をやるとトルーマン・カポーティ作/村上春樹 訳の
『クリスマスの思い出』が目に飛び込んできた。
2月にクリスマスの話もないもんだと思うけれど、
なんとなく気になって、一気に読み返した。

これは60歳を越した女性のいとこと、7歳のバディーの物語。
クリスマスになると、ふたりは上等のウィスキーをはじめ、
サクランボ、シトロン、ジンジャー、バニラ、
ハワイ産パイナップルの缶詰、レイズン、クルミなどを買い込んで、
31個ものフルーツケーキを作る。

そしてお互いのために綺麗な凧をプレゼントし合い、
クリスマスの朝にはタップダンスを踊る。
(そのために家中の人たちが「殺してやりたい」
という目つきでふたりを見たとしても)

60歳と7歳の友情。
その関係がそう長く続かないことは、想像に難くない。
翌年からバディーは寄宿学校に入れられ、いとことは会えなくなり、
それから数年後、バディーは「それ」が起こったことを本能的に知る。

そして私はこの物語を読むたびに、
訳者の村上春樹が「この物語はイノセントストーリーと呼ぶしかない」
といった理由を体で感じるのだ。


ちなみに写真はコンビニで買ったフルーツケーキ。
物語のフルーツケーキとは、
味も香りもまったくの別物だとわかってはいるのだけど、
頭の中ではふたりがつくったフルーツケーキということにしている。
# by meghomma | 2010-02-01 23:48
18歳
18歳_b0175898_2245405.jpg

朝、目黒通りを歩いていたら、
向こうから歩いてくる女子高校生2人組が、
手にした携帯に向かって、大声でこう叫んでいた。
「18歳おめでとう、ヒトミ!」。
きっと2人のうちどちらかがヒトミちゃんで、
その誕生日を祝うために、
動画でも録画していたのだろう。
「満面の笑み」とはこのことかと思うくらい、
ふたりとも溢れんばかりの笑みをたたえていた。

18歳……。大人でも、子どもでもない。
踊り場みたいに中途半端な位置づけの年齢。
彼女たちは何を感じて、日々過ごしているのだろう?

そんな彼女たちと同年代の少女のひとりに、
フィギアスケーターの浅田真央がいる。
昨年末出版された『浅田真央、18歳』には、
バンクーバーオリンピックを控えて調整を続ける
浅田真央の記録が記されている。
トップアスリートとして高次元の目標をクリアすべく努力を続ける姿や
深みのある考え方は、とても18歳とは思えないけれど、
空に向かってぐんぐん伸びるような勢いは、
どの18歳も持っているものなのかもしれない。

そう、彼女たちは一人ひとりまったく違うけれど、みな同じ18歳。
そんな少女たちの姿は、寒空の下、
元気に咲き誇る梅の花と重なって見えるのだ。
# by meghomma | 2010-01-19 22:47
いろいろな猫生、いろいろな人生
いろいろな猫生、いろいろな人生_b0175898_5243577.jpg

週末に代官山周辺を散歩していたら、
目の前を黒ねこが横切って、はっとした。
黒ねこが目の前を横切ると不幸なことが起こる、
と思ったからではなくて、
そのねこが傷だらけで、皮膚はただれ、
しっぽはちぎれ、かなりインパクトの強い姿をしていたからだ。
代官山というこじゃれた街とのミスマッチ感も相当なものだった。

病気と怪我の見本みたいなそのねこは、
しかしつらそうにすることもなく、
颯爽と道路を渡り、街角へと消えていった。
その表情には「まあ、人生(猫生)なんてこんなもんさ。
ただ生きるだけよ」てな感じの悟りさえ感じられた。
私は過ぎ行くねこの後ろ姿を見送りながら、
バカみたいに口をぽかんと開けていた。

その後書店に行くと『ねこ』という雑誌が目に飛び込んできた。
株式会社ネコ・パブリッシングが出版しており、
その名のとおり徹頭徹尾、ねこについて書かれている。
住む街や飼い主も含めて
様々なねこの生活を紹介しているその雑誌には、
ねこめくり的ないかにもつくられた姿ではなく、
自然と風景に溶け込んだねこの写真が載っていて、ほっとした。
そして「ここにもいろいろな猫生があるのだなあ」
などと愚にもつかないことを考えつつ、頁をくった。

奥付の住所を見ると、ネコ・パブリッシングは自宅の結構近くにあることが判明。
近所でせっせと雑誌が編集される行程を思い浮かべ、
今度は「すぐ近くでいろいろな人生が繰り広げられているのだなあ」
などと考えるともなく、考えた。

*ちなみに写真はCaff&Bar Albireoのどぶです。
# by meghomma | 2010-01-17 05:09
長年共に生きた夫婦の物語
長年共に生きた夫婦の物語_b0175898_2213793.jpg

書店で目立つ位置に並べられていたので、
ふと手に取ってみた『待ってくれ、洋子』。
俳優、長門裕之による、認知症の妻、南田洋子の介護記録だ。

偽りのおしどり夫婦時代を経て、
若いころの放蕩三昧を悔い、
妻を世話する長門裕之の日常が綴られている。

「洋子語」を話す妻に戸惑いながらも、
なんとかその言葉を汲み取ろうとする
長門裕之の真摯な姿が印象的だった。

私には夫婦というものの在り方がよくわからないが、
なんだかんだ言いながら、
長い月日を共にした者だけが到達できる境地があるならば、
きっと、こういう感じなのだろう。
# by meghomma | 2010-01-15 22:06